先週末の田植えが終わった後のこと。
日暮れの田んぼを父と眺めながら、気になっていたことを聞いてみた。
近くに川のないウチの田んぼは井戸を掘って地下水を汲み上げている。
ではその井戸はそもそも誰が作ったのか。
答えはわたしの祖父だった。
そもそもウチの田んぼがあるあたりはかつて何もない原っぱだったらしい。
それを祖父が出稼ぎをしてお金を貯め、ここに田んぼを作るべく、井戸を掘ったわけだ。
もちろん、その井戸掘りも大変だったそうで近所の農家さんや親戚一同も加わった大事業になった。
何とかかんとか水を引いたが、ここは土も田んぼ向きではなかった。
そのため、祖父は何度も代掻きをするなど普通よりもずっと手をかけ、大切に米作りをしてきた。
それもこれも5人の息子達に白い米を腹一杯食わせるためだった、というんだから泣ける話じゃないか。
利益を出せるでもない、維持も困難、そんな田んぼを祖父亡き後も父が整理しようとしなかったのはこれが理由だったのだ。
農地をお荷物としてしか見ていなかった自分が少し恥ずかしい。
すまんかったな、爺ちゃん。
白い米は今の時代、普通にスーパーで購入できる。
でもその普通に買ってきた米一粒一粒にウチと同じようなストーリーがあるのかもしれない。